Story 5 / 愛されたい渇望が産んだ『執着』の正体 — なぜ私は人間関係を拗らせてしまったのか
私の親は、世間で言う「毒親」でした。少し前に「親ガチャ」なんて言葉が流行ったけれど、まさに私はそんな家庭に生まれ落ちました。
それでも子供というものは、どれほど不器用な親であっても、ただひたすらに「愛されたい」と無心に願ってしまう生き物です。
私は長女として生まれ、すぐ下に弟(大ちゃん)が、そして5歳離れたところに一番下の弟(やっち)がいます。物心ついた頃から、私の耳には上の弟と比べられる言葉がいつもつきまとっていました。
「大ちゃん、すごくかわいい!あっ、でも詩乃ちゃんもかわいいよ」
……この、ほんの小さなニュアンスの違い、お分かりいただけますでしょうか。
両親から生まれた頃の話をされるときも、「でぶっちょで、不細工で、でも可愛かった」と、わざわざ必要のない棘のある言葉を付け加えられて笑われていました。
実際に鏡を覗いても、弟の方が愛らしいのが分かる。だから私は、自分の顔が大嫌いでした。
もっと可愛く生まれたかったと母にこぼしたとき、返ってきたのはこんな冷たい言葉でした。
「女は顔じゃない。外見ばかり気にする人間ほど、中身は空っぽ。だから装うしかないんだ。そんな人間にならず、中身で勝負できる人間になりなさい」
いつも誰かと比べられ、否定され、食べ物一つをとっても奪い合うような環境の中で、いつしか「愛情」までもが、私にとっては取り合うものになっていきました。
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
意味も分からないまま背負わされたその言葉。親の言うことを聞けば「当たり前」と切り捨てられ、少しでも背けば重い烙印を押される生活。
そうして「愛されたい」という純粋で切ない渇望は、いつしか「執着」という粘り気のある化け物を、私の心の奥底で大きく育てていくことになったのです。
無条件の愛をもらえない寂しさを抱えた幼い頃は、癇癪を起こして必死に気を引こうとしました。大人になり、社会人になってからも、友人や恋人の愛情を試すような行動をとっては、自分で自分の人間関係をぐちゃぐちゃに拗らせていきました。
心の痛みを誤魔化すように束の間の快楽にしがみつき、ボロボロになりながらも「生きているという実感」で自分の心を慰める毎日。そんな生き方にいよいよ限界を感じていた35歳のとき、私は「宇宙の法則」と出会いました。
「目の前で起きている現実のすべては、自分の心が作り出している」
その真実を知った私は、藁にもすがる思いで、日々の暮らしの中で自分の内側を見つめ直すようになったのです。
いつもなら反射的に波立ってしまう出来事にも、「ここにはどんな心のメッセージがあるのだろう?」とそっと立ち止まる。感情の嵐に飲まれた後も、「なぜいつも同じパターンで傷ついてしまうのだろう?」と、静かに視座を変えて内省を重ねていきました。
そうしていくうちに、あんなにも雑音だらけだった自分の心が少しずつ静まり、見える世界が柔らかく変わり始めたのです。

一つひとつの「内戦」を終わらせるたびに、景色が温かく色づいていくことに私は深く救われました。
けれど、心の奥深くにこびりついた「執着」という粘着質な化け物を、一朝一夕で完全に消し去ることはできません。今でも、「あぁ、私、またここに執着しているな」と気づくことの連続です。それでも、「あっ、今気づけた」と思えるだけで、世界は確実に優しい方へ変わり始めていくのです。
人生とは、たった一度の長い旅路です。
頭でっかちに理論武装して、物分かりの良い優しい人間になろうとしても、心の奥底で泣いている本当の苦しさは、そのまま現実のトラブルとして姿を現してしまいます。
今だって、ふとした瞬間に恐怖や執着、恥ずかしさに押しつぶされそうになることはたくさんあります。
それでも、かつての私と違うのは、「その恐怖も、執着も、恥ずかしさも、すべて私の大切な一部なんだ。まるごと抱きしめて一緒に生きていこう」と、自分のすべてを受容できるようになったこと。
それは、バラバラになっていた自分を一つひとつ丁寧に統合していく、私にとってかけがえのない大切なプロセス(プレゼンス)なのだと、今は心からそう思えるのです。
「もっと幸せになっていいんだよ」
その許可を出せるのは、世界でたった一人、私自身なのだから。


